Kindle Unlimitedにあったので、なんとなく手にとってみたのは翻訳家・柴田元幸さんが過去30年に話したことを1冊にまとめた本。まえがきによれば、アルクの永井薫さんがこれまでの本や雑誌、新聞、音声を見聞きし、まとめたそうだ。そして、ひとつひとつの"引用"に、柴田さんが追記をしている。
ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-
- 作者:柴田 元幸
- 発売日: 2020/01/29
- メディア: 単行本
どうしてこの本に興味をもったかというと、最近仕事でプロダクトのローカライゼーションに際して、英語から日本語への翻訳を担当することがあり、翻訳という行為に関心が高かったからだ。100の文章の中で、一番印象に残ったのが以下の言葉。
「翻訳する」という行為を視覚化してみると、ここに壁があってそこに一人しか乗れない踏み台がある。壁の向こうの庭で何か面白いことが起きていて、一人が登って下の子どもたちに向かって壁の向こうで何が起きているかを報告する、そういうイメージなんです。 — ぼくは翻訳についてこう考えています~柴田元幸の意見100 by 柴田 元幸
文章を正確に訳すだけだとあまり上手くいかない(自然じゃない)と感じていたのだけれど、「起きていることを伝える」というのはなんだかしっくりきた。頭の中で何が起きているのかを視覚化して、それを日本語で描写していく感じだろうか。何回か翻訳作業をやっていて、アプリのこの場面で起きていることを説明するとしたら、というイメージで書いてみたら、しっくりくることがあったから、この壁の向こうを覗くという表現がとても好きだ。
翻訳を教えていて、いつもすごく不思議なのは、「 ~へ」「 ~に」と訳せばいいところを、なぜかすごくたくさんの人が「 ~へと」って書くんですね。 — ぼくは翻訳についてこう考えています~柴田元幸の意見100 by 柴田 元幸
これは、翻訳の不思議として紹介されていたもの。以前、私が女性の英語話者の友人が話した英語を日本語に書き表すとき、無意識に「〜わよ」みたいなステレオタイプな 女性の口調にしてしまうことを夫に指摘されたことがある。これはたぶん子どもの頃に見た海外ドラマや映画の影響を受けている気がするのだが、もしかしたらこの「〜へと」というのも、何かに影響を受けたものなのではないかと思った。
その他にも、すぐに翻訳に使えそうなヒントがあって面白かった。例えば、beginやstartという言葉があると、どうしても「始める」という日本語を使ってしまうけど、それは「出す」でいいことが多い、といった指南。beginは「〜してくる」がいいこともある、とも追記で書いている。これも冒頭の言葉に習えば、見たままに伝えると思えば、日本語で自然な表現にするのが良いということなんだろう。
柴田さんのお名前は存じ上げていたけれど、翻訳された本はたぶん一度も読んだことがない。きっとKindle Unlimitedになかったら手にとっていなかった一冊だと思うが、読むことができて良かった。さらりと読める。