灰色ハイジの観察日記

サンフランシスコと日本を行ったり来たりしているデザイナーの日記

モノの一生をめぐる2つのwebサービス

最近自分の持っているモノを軸に展開するwebサービスをよく見かける気がする。

まず思い浮かぶのが、Livlis。ソーシャルクラシファイドと呼ばれる個人広告掲載サービスのことで、無料で物品をあげたりもらったりすることができる。
自分の持っている物が不必要になり手放す際がこのサービスの主なタッチポイントとなる。

そして次に思い浮かぶのがSumally。モノの百科事典とサービスの説明に書かれているが、自分の欲しい“Want”と自分の持っている“Have”を登録していくことが出来る。

この2つのサービスはどちらもモノを軸にしたサービスであるが、欲しい物と手放す物、モノの始まりと終わりという似ているようで大きく異なった2つだ。

実はLivlisにも欲しいものを登録することが出来る。2つのサービスの違いはなんだろう?

Livlisは冒頭でも書いた通り、個人広告掲載サービスという考え方が出発点になっている。その為、webの設計は掲示板的なものがベースになっている。モノがやりとりされることを前提とした設計なのだ。つまり、先ほどの欲しいという機能も、誰かからもらうことを期待し、それを目的としてモノを登録する場なのだ。

一方Sumallyの方はというと、百科事典という考え方の通りカタログ的な設計になっている。自分の欲しいものや持っているものが大きく並べられ、コレクション魂のようなものがくすぐられる。ただし今のところWantをしても、とくにそれを持っている人とのやりとりをするような機能は設けられていない。

 

自分の持っているモノを登録するようなサービスは上記の2つだけに限らないが、大体どのサービスもモノの始まりと終わりに関わっている。そしてモノを手離す瞬間は、誰かがモノを手に入れる瞬間であり2つのサービスは真逆なようでいて実はすごく近いところにある。

どちらのサービスも問題点としてはアクティビティを高めることが難しい点にある。人が持てるモノの数は有限で限りがあるからだ。また、断捨離だなんだと部屋にあるリアルなモノを整理するので精一杯の私たちに、さらにそれらを仮想空間上で管理するのは二重で手間なのだ。

管理するという設計だからそうなってしまうが、アクティビティを高めるにはフィードのようなものを用意して毎日訪れてもらう必要がある。その点Sumallyはフォローをした人のカタログが流れてくるので見たくなる。けれども、登録する側にもアクティビティを高めてもらう施策が無いといずれカタログの新鮮度が失われてしまう。

ではどうしたら良いのか…モノをめぐるサービスはまだまだ工夫の余地がある気がする。